異色の経歴を持つ浜益漁港の勝ち狩もん、
田中誠さんの考える、
“派手に勝つより大事なこと”。
- 浜益
- 田中 誠
20代。東京のデザイン事務所の営業をし、
札幌支店の立ち上げを任されたこともあった。
漁師の家に生まれたが、もともとは
漁師という職に就くつもりはなかったという。
33歳の誕生日、船大工だった祖父が亡くなった。
運命めいたものを感じ、漁師の道を歩み出した。
「じいちゃんにはずっと漁師になってくれ
と言われていて。タイミングもあって、
これは何かあるなと」
10代から漁に出ている人も多い中、
30代からのスタート。
社会人経験はあれど、漁師経験は当然ゼロ。
だからこそ、考える力を大切にしてきた。
「完成する状態から逆算してつくり、
品質と効率を両立することは、
サラリーマン時代から変わらずやってることです」
漁師歴20年の今では、
ホタテの養殖業を手掛け、
浜益の中でも大所帯にまで育て上げた。
漁師という職業は、
海という自然を相手にした仕事。
ゆえに、悲しい事故を
目の当たりにしたこともあるという。
田中さんは、自然相手に勝つために、
願掛けやゲン担ぎはしない。
さらには、ギャンブルやトランプなどの
運を試すゲームは無意識に避け、
神社のおみくじも引かないという。
運を貯めておくことで、
いざという時、運が味方をしてくれる。
一漁師としてはもちろん、船長として、社長として、
従業員を第一に考え「安全操業」に
すべての運を使いたいという意識からだ。
漁師は、テレビで取り上げられるような
“マグロ漁一匹◯億円”のような
一攫千金の煌びやかな世界だけではない。
朝早くに寒い中、
海に出て作業をする漁師の厳しさがある一方、
「ちゃんと稼げる環境をつくることで、
従業員の安定的な収入増を目指していきたい」
と語った。
新規の漁業者とのマッチングにも積極的に参加し、
現在25名程度いる従業員のうち
浜益の外から来た方は半数以上だ。
そして浜益に定着する新規漁業者を
地域の一員として迎え入れ、
一緒に町を盛り上げていきたいと語った。
中には海外実習生もいるが、
1年のうち1ヶ月は母国に帰国できるよう、
福利厚生として飛行機代を持たせてあげるなど、
前向きに人材育成に取り組んでいる。
派手に勝つより、浜益で共に生きて、
共に漁をし、豊かな人生を送ること。
その方が大事だと語った。
浜益のホタテは、
貝柱の繊維をしっかり感じられるのが特徴。
夏には、浜益漁港からほど近い「海幸」の
名物ホタテ丼を目当てに行列もできるという。
その味は、田中さんも「なまらうまい!」
と太鼓判を押す。
市外からも人を呼び、地域の盛り上げを
はかっていきたいと田中さんは語る。
「漁師たちの中では、負けたくねぇとか、
あいつが好きだ嫌いだとかあっても、
結局みんなで団結してやっていこうっていう考えが、
先人たちから脈々と受け継がれている」
そう語る姿から、
時にライバルであり良き仲間である、
浜益の漁師たちとの絆が感じ取れた。
協働の精神、同じ方向を向いていこうという
精神が根っこにあるのだ。
浜益の魅力を聞いても、
まず一番に人の魅力を教えてくれた。
「みんな口悪かったりしますけど、
なんだかんだ言って、
面倒見がいい人たちなんです笑」そう語る田中さん。
浜益の勝ち狩もんは、ひとりではなく、
地域のみんなと共に勝ちを狩ることを願っていた。